可愛すぎる競輪選手山本レナ選手はヘルニアの腰痛が原因で惜しくも引退!

可愛すぎる競輪選手山本レナ選手はヘルニアの腰痛が原因で惜しくも引退!

UPDATE:2020.08.26
競輪コラム競輪選手

過去に最高払い戻し金額を叩き出した事のある山本レナ選手をご存知ですか?

山本レナ選手は「京美人」という言葉が似合う美人競輪選手でした。

しかし、ヘルニアによる腰痛が原因で思った以上に成績を残せず引退へと追い込まれてしまいました。

そんな山本レナ選手がどのような選手人生を歩んできたのか、なぜ引退に追い込まれてしまったのか紹介していきます。

山本レナ選手は父も元競輪選手

山本レナ 競輪

山本 レナ選手は1995年3月24日生まれの京都府出身の元競輪選手です。

日本競輪学校第106期生で、師匠は岩崎稔選手や梶田舞選手でした。

現役時代のホームバンクは京都向日町競輪場で活躍していました。

そんな、山本レナ選手ですが父親も元競輪選手です。

父親は先行勝負で有名な日本競輪学校65期の山本真矢選手で、その血筋を受け継いでいるのか、山本レナ選手も近況成績の連対率の決まり手が逃げ100%というのも頷けます。

また、山本レナ選手は競輪学校に入学する前に在学していた京都府立北桑田高等学校在学当時に、「2010年3月全国高等学校選抜自転車競技大会 スクラッチ 1位 」、「2010年8月全国高校総合体育大会 スクラッチ 2位」と、自転車競技で高い成績を残していました。

下記に山本レナ選手の簡単なプロフィールをまとめます。

生年月日 1995年3月24日(牡羊座)
登録番号[015029]106期生
出身地 京都府(京都府立北桑田高等学校出身)
血液型 O型
身長 158.0㎝ 体重 52.2㎏
太股(太もも)54.0㎝
背筋力 114.0㎏
友人 竹井史香(香川・106期)山口優衣(佐賀・108期)
師匠 岩崎稔(京都・81期)
好きな食べ物 ハンバーグ
嫌いな食べ物 牛乳
スポーツ歴 バスケ・自転車競技
コメント 常に上を目指して頑張るので応援よろしくお願いします。
モットー 和顔愛語

山本レナ選手の競輪人生

山本レナ 競輪

山本レナ選手が、これまでどのような道を辿り、競輪人生を歩んできたのか紹介していきます。

山本レナ選手は京都府立北桑田高等学校出身でした。

現役時代の晩年は身長158.4cm、体重52.2kg。

2012年、京都府立北桑田高等学校在学時に全国高等学校選抜自転車競技大会のスクラッチで優勝という結果を残しています。

その後、日本競輪学校に入学するものの、在校競走成績は18位(0勝)と決して良い成績とは言えませんでした。

日本競輪学校卒業後の2014年5月3日に地元の京都向日町競輪場でデビュー戦は果たしましたが、惜しくも6着という結果になりました。

初勝利を飾ったのは2014年8月9日の玉野競輪場です。

2015年5月6日、富山競輪場第6レースで勝利したレースは、ガールズケイリン史上、三連単の最高配当金額となりました。

最高配当金額の選手として記録は残っていますが、最高配当金額=人気がないという事にも繋がるので、本人としてはあまり嬉しくなかったかもしれません。

2017年12月より、元砂七夕美とともにガールズケイリンPRポスター『顔より太もも。』5代目ビジュアルキャラクターとなりました。

山本レナ選手は「京美人」という言葉が似合うよな女性だったため、イメージキャラクターとして採用されたのかもしれないです。

また、この頃に梶田舞に弟子入りしました。

2018年6月、ガールズケイリンコレクションいわき平ステージ(8月開催)における出場選手を決めるファン投票「ガールズケイリン総選挙」にて第13位に選出され、ガールズケイリンコレクション(アルテミス賞レース)への初出場が決定しました。

しかし、山本レナ選手は持病のヘルニアによる腹痛の悪化により、成績不振が続いてしまい、3期(1年半)連続で平均競走得点が47点未満となったため代謝制度(事実上の戦力外)の対象となってしまい引退を決意たそうです。

当初は同月19日からの地元開催のレースが引退レースとなる予定であったが大阪府北部地震の影響で開催中止となったことから、急遽同月24日からの前橋での開催に追加配分され26日の一般戦5着をもって引退しました。

2018年7月17日に選手登録が消除され、通算361戦25勝という結果を残し競輪選手人生を終えました。

父、山本真矢選手について

山本レナ 競輪 山本真矢選手

山本レナ選手の父「山本真矢選手」も元競輪選手です。

山本真矢選手はデビューから引退まで、一貫して「先行(逃げ」を貫いた選手でした。

捲くりや追い込みともに苦手であったため、終始先行一本で戦い、決まり手のほとんどは「逃げ」だった選手です。

とは言え、全盛期はその先行一本で当時のS級1班まで登りつめたほど実力を持っていました。

そんな血筋を継いでいるからこそ、山本レナ選手も「先行(逃げ)」の決まり手が多かったのかもしれませんね。

師匠の梶田舞選手について

山本レナ 競輪 梶田舞選手

山本レナ選手の師匠は梶田舞選手です。

実は、ガールズケイリン選手で梶田舞選手が初めて弟子を持ったことでも話題になりました。

男子の競輪では弟子を持つのが一般的ですが、ガールズケイリンでは初めてのことだったそうです。

そのため、梶田舞選手は弟子である山本レナ選手について、自信のTwitterで「レナは私にとって、最初で最後のかわいい弟子です」と、弟子へ対する愛情も表現していました。

ニックネーム まいちん、かじ
生年月日 1987年1月26日
登録番号 014961
登録地 栃木県
出身地 東京都
ホームバンク 宇都宮競輪場
血液型 O型
身長 157.3cm
選手動機 オリンピックを目指して
好きな音楽 洋楽
愛車(レーサー) ANCHOR
好きなタレント 西野カナ
好きな色 白、シルバー
好きな動物 猫、犬
お客様へのメッセージ 存在感のあるレースができるように頑張ります。応援宜しくお願いします。

過去最高配当金額を達成!

山本レナ 競輪

父、山本真矢選手も競輪選手の娘ということで競輪界のサラブレッドで、2010年3月全国高等学校選抜自転車競技大会「スクラッチ」1位、2010年8月全国高校総合体育大会「スクラッチ」2位という素晴らしい成績を残してきた山本レナ選手ですが、あまり人気のない選手だった事もあり、ガールズケイリン史上最高配当金額を樹立してしまいました。。

2015年5月6日、富山競輪場第6Rで勝利したレースでは、ガールズケイリン史上最高配当金額(三連単)

3連単 4(山本レナ選手)-7-3 54万7270円

2015年7月12日、高知競輪2Rで勝利したレースでは自身が勝利してもたらしたガールズケイリン史上最高配当金額(三連単)を再更新しています。。

3連単 2(山本レナ選手)-4-3  142万6550円

車券に絡みやすい選手ではなかったため、この様な高配当になってしまったのでしょうが、本人としては高配当=人気がないという事なので、あまり嬉しくなかったのではないでしょうか。

人気がなかったにしろ、ガールズケイリンにおける史上最高配当金額を叩き出し、競輪界に名を残す事ができた選手です。

山本レナ選手の引退レースは前橋競輪場

山本レナ 競輪

山本レナ選手はオールスター競輪・アルテミス賞のメンバーに選出されたこともありましたが、代謝制度によって引退を表明しました。

松山・ガールズケイリンを完全優勝した師匠でもある梶田舞選手が「泣きながら」山本レナ選手の引退を報告したそうです。

そして、山本レナ選手のラストランは前橋競輪場で行われたナイターレースでした。

本当は、岸和田競輪場のガイダンスコーナーのゲストとして登場した、高松宮記念杯競輪最終日の翌々日開幕の向日町がラストのはずでしたが、大阪地震の影響により中止となったため、追加斡旋となった前橋がラストとなりました。

山本レナ選手は、過去に最高配当金額を出した選手でもあり、ガールズケイリンでは珍しい「大穴提供選手」としても知られており、穴党の競輪ファンからは高い支持を得ていた選手だったので、穴党の競輪ファンからはとても悲しまれました。

山本レナ選手の選手成績

山本レナ選手が選手時代にどの様な成績を残してきたのか、簡単にまとめて紹介します。

■デビュー
2014/05/03 向日町 6.6.6

■初勝利 
A級 2014/08/09 玉 野 7.7.1
L級 2017/07/15 前 橋 1.2.7

■通算成績(~1昨年)
出走回数:319回
優勝:0回
1着:24回
2着:26回
3着:23回
着外:246
棄権:0
失格:0
勝率:7.5%
2連対:15.6%
3連対:22.8%

■通算成績(昨年)
出走回数:42回
優勝:0回
1着:1回
2着:3回
3着:2回
着外:36回
棄権:0
失格:0
勝率:2.3%
2連対:9.5%
3連対:14.2%

■通算成績(本年)
出走回数:361回
優勝:0回
1着:25回
2着:29回
3着:25回
着外:282回
棄権:0
失格:0
勝率:6.9%
2連対:14.9%
3連対:21.8%

まとめ

山本レナ 競輪

今回は引退してしまった山本レナ選手について紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。

山本レナ選手は穴党の競輪ファンから大穴車券を提供してくれると、高い支持を得ていた選手でしたが、持病のヘルニアによる腰痛が続き、三期連続で規定の競争得点が取れず、代謝の対象になることが決まり、6月26日に行われた前橋競輪場でのレースを持って引退してしまいました。

引退表明の同時期にはファン投票において13位になり“ガールズケイリン”コレクションのアルテミス賞に選出されていましたが、出走する事ができなくなってしまい本人も競輪ファンも非常に残念そうにしていました。

やはり、競輪選手の様なスポーツ選手は怪我の一つが選手生命の命取りとなります。

自分の体と向き合い、万全な体調を整えていかなければ、常に「引退」と隣合わせになってしまう厳しい世界です。

その選手が持つ技術や魅力をレースで発揮する事ができなければ、自ずとファンも離れていってしまうでしょう。

父も競輪選手だったという事もあり、「サラブレッド」として期待されていた分、山本レナ選手も精神的に負担になる部分もあったかもしれません。

ヘルニアによる腰痛が原因で競輪選手としては引退してしまいましたが、過去には「2010年3月全国高等学校選抜自転車競技大会 スクラッチ 1位 」、「2010年8月全国高校総合体育大会 スクラッチ 2位」と高い成績を残してきた彼女なので、ヘルニアの調子が良くなってきたら、また何かしらの自転車競技で彼女の走る姿を見てみたいですね。