皆さんは、数あるスポーツの中で,プロという最高のステージまで登って活躍したあとに、違う畑で新たにプロまで上り続けた人物を知っていますか?
それは、元プロ野球選手の大場翔太です。彼は野球人生を若くして引退し、その後競輪選手になる夢を持ち新しい人生を送りだしています。
そんな、大場翔太の魅力や競輪選手に転身しようとした経緯を紹介します。
目次
大場翔太とはどんな人物?
野球選手から競輪選手へ移籍した大場翔太とはどんな人物でしょうか。
彼といえば、福岡ソフトバンクホークスや中日ドラゴンズに所属していた元プロ野球選(投手)としてその名前を広く知られています。
彼は、2007年に行われた大学・社会人ドラフト会議でソフトバンクから1巡目指名を受け、プロ野球選手としてのキャリアをスタートさせ、翌年2008年にパ・リーグ史上初となるプロ初登板で無四球完封勝利を記録し、華々しいデビューを飾ります。
その後は、同球団に8年間在籍し、2015年に金銭トレードで中日ドラゴンズに移籍します。
2016年には、ウエスタン・リーグ公式戦9試合で0勝2敗、防御率5.73を記録したが、2年続けて一軍公式戦に登板できませんでした。
そのまま、一軍公式戦に登板できず2016年10月に同球団から戦力外通告を受け、現役を引退しました。
ここからが、彼の新しい人生の始まりです。
プロ野球選手の大場翔太がセカンドキャリアの競輪を選んだ経緯
野球を戦力外通告を受け引退したあと、第2の人生を模索し始めた時、大場翔太は心の中でひとつだけ決めていたことがあったようです。
そいれ、もう二度と野球はやらないということです。
「野球以外の全部が、次の仕事の選択肢でした」と本人も語っています。
また、本人のコメントで下記のようにも話しています。
「戦力外となり、トライアウトを受けるかどうか悩んでいた時に、1週間ぐらい、野球から離れたんです。これまでの人生で、1週間も野球をやらないなんて初めてのことでした。
思っていたよりも、普通の自分でいられて、野球をやらないことが辛くなかった。
それならこれからの人生、いっそ野球から離れて、新しい道を選んだ方がいいのかなって考えました。だからトライアウトも受けませんでした」
大場は千葉県の八千代松陰高校を卒業後、東洋大学で頭角を現しました。
4年次に東都大学リーグを春秋連覇し、シーズン115奪三振、通算410奪三振のリーグ記録を樹立します。
2007年の大学・社会人ドラフトでは、6球団もの競合の末、福岡ソフトバンクに入団することが決りました。
デビューイヤーの2008年は無四球完封勝利という華々しいデビューを飾ったものの、その後は在籍8年間で15勝しか挙げられず、2015年オフに金銭トレードで中日に移籍します。
新天地では一度も一軍マウンドを経験することなく、戦力外となりました。
大場が引退を決意して間もないある日、友人の競輪選手と名古屋市内のバーに足を運びました。
偶然、そこで出会ったのが、現在、大場のトレーナーを務める元競輪選手の馬渕紀明だったという事です。
元競輪選手、馬渕紀明(まぶち のりあき)との出会い
大場と馬渕は、いわば同じような境遇にありました。
馬渕も2016年に現役を引退し、次なる人生を模索していた時期だった時です。
どこかふたりには相通ずるものがあったのだと思います。
「いつでも連絡してきなさい」という馬渕に、大場は数日後、「競輪選手になりたい」と伝えたのです。
現在、トップレーサーとして活躍する元ヤクルトの松谷秀幸(35)など、プロ野球選手から競輪選手に転身して成功した前例がないわけではないですが、大場は引退時の年齢が31歳です。
三十路を過ぎてからの新世界への挑戦に、不安はなかったのか。という疑問は誰にも湧くと思います。
その疑問に関して、下記のように回答していました。
「まず、身体がまだまだ元気だった。
競輪そのものに関しては詳しくなかったし、車券も買ったことがなかったんですけど、子どもの頃から経験していなくても、上を目指せる競技という話は以前から聞いていた。
野球を30過ぎてから始めて成功するなんて、不可能じゃないですか。
自転車なら、それなりにトレーニングを積んだ身体さえあれば、ゼロからでも挑戦できるんじゃないかなって」
しかし、競輪選手になるためには、日本競輪学校を卒業し、競輪選手として必要な資格を取得しなければなりません。
大場の現在の立場は、トレーナーを務める馬渕のもとで、日本競輪学校に入学するための身体作りをしている段階であり、まだスタートラインにも立てていません。
「正直に言えば、競輪の面白さも分かっていないし、将来、競輪で成功するための練習にもまだ、取り組めていません。
誰かと走ったこともないし、誰かと比べて自分に才能があるのかどうかも分からない。
レースを見ると、競輪選手のパフォーマンスに圧倒されて、こんなすごいアスリートが揃っているのにどうしてプロスポーツとして認知度が低いのかと疑問に思うんですよ。
こんなことを言うのはおこがましいですけど、元プロ野球選手だった自分が競輪選手になることで、少しでも業界が盛り上がるのなら、挑戦する意味はあるのかなと。失敗したところで、誰かに迷惑を掛ける話でもないですから」
そんな大場に対して、馬渕は下記のようなコメントを残しています。
「素質はすごくあります。非常に高い。2020年に東京五輪を控え、競輪が注目される時期にこういう選手が出てくることはとても大切なことのように思いますね。まずは競輪学校への合格が第一です。
今月(11月)の29日、30日に二次試験が行われ、一次試験免除の大場を含めた21人のうち、5人が合格します。
合否が決まる1月までに、反社会勢力との交際がないかとか、身辺調査も行われます。
人間性、スター性も考慮され、総合的に判断されます。いざ土俵に上がれば、本人のモチベーションはどんどん上がっていくでしょう」
これが、大場翔太が野球を辞めて競輪を初めた理由と、競輪のイロハを教えた馬渕紀明との出会いになります。
馬渕紀明とは、どんな人物なのか
大場翔太の第2の人生を変えた、馬渕紀明とはどんな人物なのでしょうか。
馬渕 紀明(まぶち のりあき、1971年9月28日 – )は、元競輪選手です。
愛知県出身で日本競輪学校第68期卒業しています。
現役時は日本競輪選手会愛知支部所属しており、師匠は佐藤嘉修(49期)です。
享栄高等学校在学中は野球部に所属していました。
その後適性試験により日本競輪学校に合格し第68期生として入学します。
同期には加倉正義、山口富生、小川圭二、阿部康雄らがおり、在校競走成績は32勝で6位でした。
卒業後は1991年8月7日に西武園競輪場でデビューし2着です。
初勝利は同年8月16日、ホームバンクの名古屋競輪場で挙げました。
1992年に初出場となったふるさとダービー(函館競輪場)でいきなり決勝進出を果たし9着でした。
以降も特別競輪に出場し続け決勝にも3回進出したが、1998年のオールスター競輪(一宮競輪場)での決勝3着が最高の成績でした。
自転車競技でも1997年のUCIトラックワールドカップクラシックス第3戦(イタリア、フィオレンツオーラ・ダルダ)のチームスプリントで3位に貢献し、アジア競技大会のスプリントでは神山雄一郎に次いで2位に入っています。
その後、長い間活躍を続けていたが2015年後期よりA級に陥落し、2016年5月8日の広島競輪場第9R・A級決勝での6着をもって引退することを発表しました。
同年5月16日に選手登録消除、通算成績2115戦416勝です。
なお引退セレモニーは、直後に名古屋競輪場で開催された高松宮記念杯競輪の初日に行なわれました。
2018年4月15日に投開票された愛知県愛西市市議会議員選挙にて1366票を獲得し初当選しており、政治家となっています。
大場翔太の結婚歴や家族(嫁,子供)は?現在の彼女!
今回の報道を受けて、世間の注目を集めている彼ですが、多くの方が彼の私生活について感心が集まっています。
彼は2017年現在、結婚していて家族は居るのでしょうか?
そこで彼の私生活を調査しましたが、色々と調査しましたが、家族についての記述はありません。
また2017年11月25日現時点で彼が結婚したという報道や子供が誕生したと報じられた形跡はないため、彼は独身である可能性が高いと思われます。
しかし一部ネット上では、2017年現在、交際している彼女が居ると噂されています。
果たしてその噂は事実なのでしょうか?
そこでこの噂の真相を調査しましたが、熱愛が報じられた形跡はありません。
なぜ熱愛が報じられた形跡がないのにも関らず、このような噂が囁かれているのでしょうか?
すべての噂の出所についても調査しましたが、詳細な情報は得られませんでした。
ここからは憶測になりますが、彼の年齢が関係しているのだと思われます。
彼は2019年10月現時点で34歳となっています。
一般的に考えれば、すでに結婚していて家族(妻,子供)や彼女がなどが居ても不思議ではありません。
しかし彼の熱愛報道や結婚報道などがないため、このような噂を断定する事は出来ません。
このことから、彼の結婚歴や彼女の存在については不明です。
大場翔太の成績や過去の年俸
今回の報道で世間の注目を集めている彼ですが、やはり多くの方が彼の現役時代の成績や年俸について感心が集まっています。
そこで彼の成績について調査しましたところ、ウェブサイト『NPB』には以下のように掲載されています。
・2008年 1500万円 福岡ソフトバンクホークス
・2009年 1500万円 福岡ソフトバンクホークス
・2010年 1500万円 福岡ソフトバンクホークス
・2011年 1150万円 福岡ソフトバンクホークス
・2012年 2000万円 福岡ソフトバンクホークス
・2013年 1600万円 福岡ソフトバンクホークス
・2014年 1200万円 福岡ソフトバンクホークス
・2015年 1200万円 中日ドラゴンズ
・2016年 引退
過去の野球選手の時の年歩は上記の通りです。
競輪選手の合格発表
JKAは2019年1月17日、日本競輪学校(静岡県伊豆市)第117回(男子)、第118回(女子)の合格者を発表しました。
男子70人(受験者341人)、女子21人(同47人)が難関を突破した。
84年ロサンゼルス五輪自転車男子スプリントの銅メダリストでGP1勝、GⅠ2勝の坂本勉氏(56=11年引退)を父に持つ紘規(22)が兄・貴史(29)、周輝(27)に続くデビューを目指します。
ほか、08年静岡ダービーなどGⅠ2勝の渡辺晴智(45=静岡)の長男・雅也(18)、女子ではビーチバレーから転向した保立沙織(35)らが合格しました。
入学式は5月9日の予定です。
残念ながら、合格者名簿に元プロ野球選手で転身を目指した大場翔太氏の名前はありませんでした。
彼は、2017年・2018年と日本競輪学校を受験するも、不合格になっています。
諦めずに、来年も受けて欲しいと思います。
まとめ
今回は、元野球選手で注目されていた大場翔太投手が2016年に戦力外通告を受けた後に、新しい人生を送る為、競輪選手を目指している事を説明しました。
現在は、まだ競輪学校に合格していない為、まだ競輪選手にはなっていません。
今後も第2の人生を送る為に、合格するまで諦めず、競輪選手となって活躍する姿が見たいと思います。
今後も彼に期待をして、応援したいと思います。